リベラルアーツ

リベラルアーツ筋トレを始めたきっかけ

どうも、パパ寿郎です。

昨日、続けることが当面の目標と書きましたが、すでに何書こうか迷子中です。(笑)

何を書いていいのか分からないので、忘れないうちに何故リベラルアーツ筋トレを始めたのか、を書こうと思います。

リベラルアーツとは?

「リベラルアーツ」という言葉自体は数年前から知ってました。ネットで調べると以下のようなことです。

元々ギリシャ・ローマ時代の「自由7科」(文法、修辞、弁証、算術、幾何、天文、音楽)に起源を持っています。その時代に自由人として生きるための学問がリベラルアーツの起源でした。「リベラル・アーツ」、つまり人間を自由にする技ということです。

引用元:リベラルアーツについて知る。

「ふ~ん。で?」

が第一印象でした。何となく意味は分かるような分からんような、学問なのかスキルなのか、ようわからん抽象的な言葉やなぁ。とスルーしてました。最近は良く聞くようになりましたが、あんまり僕には関係ないかな、くらいのもんでした。そもそも自由って?みたいな。

で、結局今もよく分かってないのですが、タイトルにつけることにしました。それには、以下のこれから書く僕なりの解釈があったからです。

リテラシーが低い

私は、こんなですが、一応一部上場企業で営業をやっています。

一般的に見ればそこそこの努力をして、入った会社とも言えなくもない(すでに古い価値観?)ですが今日ここに至るまでの、様々な判断の根拠は「なんとなく、雰囲気でこっちが良い。」というのが多いんです。

しかも大体は「ダメだった時の逃げ道を作っておく」のです。よく言えば「選択肢がある状態にしておく」という事でしょうか。ようはそれが自分にとって心地いいわけです。

で、それなりの会社に入ると既にルールがある中で戦えるので、一から何かを覚えたり作ったりする事も少なく、極端に言えば、生きていくためだけなら会社が作ったレールの上を走っておけばよいとも言えます。意味はさておき会社のルールをある程度理解していけば、戦っていけるんです。会社が成長・安定していれば、という前提ですが。

これではあかんのちゃうかな、と思っても自ら積極的に変えることも出来ず、次第に典型的な「ザ・ちょっと昔のサラリーマン」が出来上がって行きました。正直、真剣に考えることから逃げていました。だってそれが楽やったから。笑

それが2年くらい前から、色々と模索し、自分に判断基準がないってこれからの時代まずいよな、引いては自分の芯って何?と考えていた中で、決めたことをちゃんと自分の言葉で理由付け・意味づけできるようにしたいとの結論に至りました。

じゃあ、どうやって理由付け・意味づけしようかな、となった時に何も自分で語れる事ないなぁ。何となく人から聞いた知識とか、言葉は知ってるけどさ、みたいな事だらけでそこにコロナも来て結構凹みました。

営業をしていて売れないときや新規提案できないときに上司に理由を聞かれた際、「知識がないからです。」っていうとボコボコにされますが私の見解としては、3割くらいは正しいです。基礎知識があるから考えられる、という事は実際あります。確かに仕事の時はやってるな、と気づきました。

興味の落差が激しい為、やらず嫌いも結構あるし、とりあえず自分の人生に役立ちそうな事は多少無理やりでも意識を持っていくことにしました。

それぞれの分野の知識が豊富であったり、知識をベースに自分の言葉で語れる人を「○○リテラシーが高い」といいますが、要は僕は各分野でリテラシーが低い、と理解しました。そこで、リテラシー向上を目指そうと考え、勝手な造語もありますが、以下のような区分を自分なりに設定しています。

金融リテラシー

ビジネスリテラシー

父親リテラシー

基礎体力リテラシー(迷ったやつはここに入ります。笑)

サラリーマンリテラシー 

ITリテラシー 

マーケティングリテラシー etc…

そもそもなんでやるのか?

大事な事書き忘れましたが、何故それをやろうかと思ったかですが、この2年を通じての結論、僕は人生「楽したい」んです。金持ちになってさっさとFIREして遊びたい訳でもなく、今すぐ会社を辞めたい訳でもありません。自分とかかわる人に少しでもメリットを感じてもらえるような人間、で在れたらいいな、と考えています。常に「自分で選択出来る状態」が自分にとって楽なんです。

そのためには今は「楽できる」位置にいないことは分かったので、今年をきっかけにやってみるか、と思い、逃げられないようにする為、ブログを始めました。まあ、お姫様3人と奥様に不自由な生活をさせたくないので、金融リテラシーは切実ですが。。。

ちなみにこれを考える中で「どうやら、サラリーマンリテラシーは高そうだ」という事が分かりました。嬉しくないですが、興味がある人は今後、そのあたりも書いていきますので読んでみてください。

結論

話は戻って、リベラルアーツですが、先に書いた各リテラシーを上げていくことは、自分を確立していくことに繋がるやろうし、結果それが自分の「選択肢」を拡げ、「楽≒自由」に近づくのではないか、と。

であれば、それはリベラルアーツを学んで実践している、事になるのか、と思った次第で、突然腹落ちし、「ふ~ん」が「ラッキー、いい言葉見っけ」となったわけです。

投資家の奥野一成氏は「投資とは知の総合格闘技である」とおっしゃっておりますが、リベラルアーツを高める事も、意味合いとしては似ているのでは、と思っています。

ほなまた。