サラリーマン

秀逸な悲哀!サラリーマン川柳3選【ビフォーコロナ編】

まいど、パパ寿郎です。

先日投稿したサラリーマン川柳の第二弾です。結局ビフォーコロナの100首に目を通してしまいました。コロナ前最後の年、2019年に募集があり2020年に発表されたものをピックアップします。

ビフォーとアフターの違い

コロナ前の世のサラリーマンと当時の自分を比較してみると、サラリーマンとしての共感は少なかったです。それは僕がまだ若かったからなのか、コロナによって世のサラリーマンが同じような境遇に置かれたことによる共感なのか、どちらでしょうか。後者でしょうね。改めてコロナの威力を知った気がしました。

ビフォーは悲哀というよりは、世相に対して上手く言おうとしている感がアフターコロナ時より強かった印象ですが、それだけサラリーマンも楽観的にサラリーマン川柳に向き合っていたのだと思いますし、元々はそれが趣旨なんでしょう。

ということで、今回は共感した川柳ではなく、秀逸な悲哀3句を紹介したいと思います。

秀逸な悲哀川柳3句

前回同様完全に個人の感想です。100首を詠んでみてこれは秀逸だなぁ、と感じた句を自分の感想と共に紹介します。皆さんも自分なりの順位をつけてみたら面白いと思います。

個人的1位

第36位 お小遣い 値上げトライも 逆ジャッカル  リーチしないマイケルさん作

これは、素晴らしいですね~。

まずは、当時ラグビーW杯が盛り上がっていて、姫野選手が得意なプレー「ジャッカル」 をただ言いたかっただやん、という面白さでした。しかし、改めて深く考え情景をイメージすると更に面白い一句なのです。

お互いに財布というボールを持っています。妻の財布を「ジャッカル」し値上げ(小遣い増)を獲得しに行った結果、逆に妻に財布を「ジャッカル」されて、値下げ(小遣い減)になってしまった、という対比があります。

尚、「ジャッカル」はタックルをして倒した相手のボールを奪う(または反則を獲得する)プレーなのですが、そもそもタックルが決まらず、逆に倒されてトライまでもって行かれたんですね。実際は論破されたのだと思いますが、ラグビー場でやっているとしても、部屋だったとしてもその情景を思い浮かべられるのがこの句の秀逸な点だと思いました。笑

そもそも、値上げトライをしに行こうと思ったモチベーション(昇給等)があったのかも知れませんが、当時は消費増税があり、どちらかというと財布の紐は縛られる方向だったように思います。要はそもそも値上げ獲得が出来る勝ち筋がなかったのではないか、と想像していくとこの方はラグビーの盛り上がりのテンションにかこつけて、勢いで勝負しに行ったのかも知れません。必然性がないこと、勢いに任せて仕掛けると倍返しをくらう、というマーケティング(売れる必然性、間違って始めると戦力、コストの痛手が大きい)にも似た教訓が浮かび上がってきます。この一句から色んなことを考えさせられ、深い学びがありました。

個人的2位

第22位 二次会を 断るつもりが 誘われず  光源さん作

哀しいとき~ですね。誘われているうち、怒られているうちが華という言葉を思い出します。

ここには二つの悲哀を感じました。

一つ目はプロセスの悲哀です。

多分この方は飲み会が好きなんでしょうね。いつも二次会に行っているし、でも今回は予定があるから、仕方なく断るか、でもどう言って断ったらいいかなぁ、と多分色々セリフも考えていたと思うんです。で、結局誘われない、というそれまでのプロセスがなんやったんや、という悲哀です。

二つ目は存在に対する悲哀です。

そもそも、二次会に呼ばれない、というのはいても楽しくない、鬱陶しい、邪魔だから誘われない訳ですよね。来ないと分かっていても、嫌じゃない人に対しては一応聞くのが日本人的な礼儀ですから、そもそもそう思われていない、という事実が浮き彫りになった瞬間でもあるわけです。

僕はお酒は飲まないですが、今まで(2019年まで)は誘われていたので、いつかこの日が来るのではないか、という恐怖感も同時に覚えた一句でした。そうならないように日々の周りへの態度・感謝が重要ですね!

個人的3位

第66位 これセーフ? 部下への言葉 ググる日々  春人さん作

これは、自分にももうすぐ降りかかってくる心配というか不安を感じた一句です。

日本人の中間管理職は全員共感した句ではないでしょうか。笑 僕は管理職ではないですが、自分の会社を見たり、情勢をみていると、ほんとここは苦労されている印象を受けます。部下は厳しく指導してはいけない、発言には注意しないといけない、と会社から指示される一方、逆に部下は平気で「無理」や「無駄」を主張をし、少し強く言うと「パワハラ」、と問題上司のレッテルを張られる時代になってきました。しかも、会社からは「コミュニケーションの問題だ。」、「コーチング能力の問題だ。」と何の解決にもならないような抽象的な言葉を投げかけられ、何の具体的な対策もない。という悪循環があるように感じます。

もちろん、僕だって怒鳴られたり、意味のない厳しい指導はNG派です。指導方法などを見直す、日本の今までの指導方針がグローバルスタンダードとして間違っている、という点で修正しないといけませんが、その中間管理職自体が、そのやり方で自分が育っていないので、そもそも接したら良いか分からない。のが実態で、それを適切に修正していくノウハウが会社にもない、結局中間管理職任せ、という実情だろうと想像しています。

更に、自分はその上司からは昔と似た方法で指示・指導を受ける。でも管理職だから組合員でもないし、袋小路やなぁ、中間管理職って夢ないなぁ。と常日頃思っていたので、この悲哀の一句はこれから共感していくのかな、と受け止めました。

まとめ

今日は、コロナ前のサラリーマン川柳(2020年版)を詠んでみて、秀逸だと思った悲哀とそこからの学びをシェアしました。自分自身答えのない悲哀もありましたが、サラリーマンも皆悩みながら生きているんですよね。それにしても、ビフォーとアフターでこんなに共感度が変わるのか、という気づきは自分でも面白かったです。皆さんもサラリーマン川柳から新たな気付きが得られるかも知れませんよ?

この記事を読んで、少しでも参考になれば嬉しいです。

ほなまた。